2001年12月16日日曜日

ルカ1章5-38節「神にできないことは何一つない」

第21号

〈2001年クリスマス〉 

創世記十八章一節~十五節

アブラハムとサラへの約束
 主はアブラハムに現れ「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。」(創世記十二章二節)と言われました。しかしあなたに子を与える、あなたの子孫は星のようになる、という約束はいつまで待っても実現しませんでした。年老いたアブラハムを見て、妻サラが考えたのはつかえめであるエジプトの女、ハガルによって子をもうけるということでした。ハガルは身ごもり、その子はイシマエルと名づけられました。その時、アブラハムは八十六歳でした。
 主の使いは再びアブラハムに現れ「わたしは彼女(サラ)を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福し、諸国民の母とする。諸国民の王となる者たちが彼女から生まれる」と言われました。アブラハムは笑ってひそかに言いました。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか」(一七章十五~十七節)
 主の使いは再び現れました。神の言葉を聴いて顔を伏せひそかに笑うアブラハムとサラ。神の約束の言葉はむなしいと知ってハガルによって子供を得ていた彼ら。そのアブラハムとサラになお「主に不可能なことはあろうか」と語りかけられる神の姿があります。そしてこの神の言葉を聴いて恐れ、「私は笑いません」となお自分の信仰を取り繕おうとするサラの姿があります。ユダヤ人の先祖となったアブラハムとサラの生き方は私たちに神への信仰とは何かを教えます。
 アブラハムとサラの夫婦はついに主が約束されたように自分たちの子、イサクを得たのです。その時アブラハムは百歳でした。そして九十歳のサラは我が子を自分の胸に抱いたのです。サラは「神はわたしに笑いをお与えになった。聞くものは皆、わたしと笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう」(二十一章六節)と言いました。その喜びはどれほどのものだったでしょうか。

ヨセフとマリアへの約束
 アブラハムからおおよそ二千年後、主の使いがガリラヤのナザレという町に住むおとめマリアに遣わされました。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産む。」マリアは「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」と答えます。それに対し天使は「神にできないことは何一つない」と言われました。その言葉は主の使いが年老いたアブラハムとサラに言われたことでもありました。マリアは「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」と言って受け入れたのです。
 しかし、マリアの苦難はそのときから始まりました。不義を働いたと思ったヨセフは、マリアと離縁しようとしました。女一人で乳飲み子を抱えて生きていくのは困難な時代でした。しかし、天使はヨセフにマリアが聖霊によって身ごもったという事実を告げたのです。ヨセフとマリアの家庭は、子供たちに囲まれた愛のある和やかなものであったと思われますが、長くは続きませんでした。ヨセフが比較的若くして亡くなり、長男のイエスが父ヨセフの仕事を継ぎ、大工として家族を支えていました。しかし、そのイエスも三十歳頃には公の伝道生活に入り、三年後、十字架の死を遂げることになったからです。マリアはイエスの死を十字架の下で見ていました。どれほど大きな痛みであったでしょうか。しかし、その涙はぬぐわれることになります。
 マリアは三日後、復活の主イエスに出会います。それは生前、主イエスが約束されていたことでした。マリアは主イエスが神であって、神の言葉は確かなことを知ったのです。

私たちへの約束
 ヘブライ人への手紙に、神は私たちにもっとよい都を天に準備されているとあります。そしてアブラハムとサラはこの天の故郷を熱望していたと言います(十一章)。同じようにマリアも主イエスに、そして苦労を共にした愛する夫、ヨセフに御国で再び会うことが出来るのを知ったのです。
 同じことは私たちにも言えます。私たちは、死は永遠の別れであって、愛するものと二度と再び会えないと思っています。しかし、今も生きておられる主イエスと人格的な交わりを持つことによって、永遠の命の約束が確かなものであるのを知るのです。それは「神にできないことは何一つない」という神の絶対的主権を教えるものです。そしてそれは、永遠の命が確かなのを教えるために、神が人となってこの世に来られたクリスマスの出来事でもあるのです。

2001年10月21日日曜日

使徒15章1-35節「重荷を負わせない」

第19号

創世記17章1節~14節

  9月11日に起ったアメリカ同時多発テロの衝撃は、多くの人にこれからの世界が今までと違ったものになっていくのではないかという不安を抱かせました。その後に続いたアフガニスタンへの報復攻撃により、それが現実になっていくのを実感させられます。今回の多発テロは理由がどのようなものであれ、決して許せるものではありません。しかし、その背後には南北問題(貧富の格差)やアメリカの一極支配(政治、経済、軍事、文化、価値観など)や、アメリカがこの地域や中東でして来た事、特にイスラム諸国からイスラエルの後ろ盾となっていると批判を受けているパレスチナ問題などがあります。
  私たちキリスト者もこの世界の現実に目を背けて生きる事は出来ません。世界で起っている事をどのように考え、受け止めて生きるかは私たちの信仰の問題でもあります。そして、今日の箇所はこのような世界をどのように捉えたらよいのか、その示唆をも与えます。

 15章のはじめには、アンティオキア教会からパウロやバルナバをはじめ数名の者がエルサレム教会に集まって来た事が書かれています。ファリサイ派からキリスト者になった人たちが「異邦人も割礼を受け、モーセの律法を守らなければ救われない」と主張したからです。彼らは主イエスの救いを否定したのではありません。ただ、それだけでなく割礼と律法も救われるために必要であると言ったのです。(以後、救いには行いも必要とする考えを「行為義認」と呼ぶ)これに対してパウロたちは、神である主イエスが血を流して私たちの罪を贖ってくださったので、それを信じる信仰だけで充分であると主張したのです。(以後、「信仰義認」と呼ぶ)
  私たちは誰でも自分には価値があり、それを人に認めてもらいたいという思いがあります。同じように信仰者にも、神が求めているよい行い(律法)をする事によって神に認めてもらいたいという強い思い、即ち行為義認の考えがあります。しかし、人は律法に熱心になればなるほど、それに反して行動する人たちを裁くようになり、遂にはそのような人たちを殺す事すら正当化するようになります。事実、律法の遵守者であるファリサイ派の人々は、主イエスが安息日を守っていない、また、そのような者が自らを神と称していることなどを理由にして十字架につけました。パウロもまたファリサイ人であった時、キリスト者を迫害し、ステファノの殺害に賛成しました。
  アメリカと戦う人たちは、自分たちは正しいと信じ、その為には罪のない人が巻き添えになっても仕方がないと考えるのでしょう。この考えはアメリカの報復戦争にも見られます。テロの撲滅こそ今回犠牲となった人たちに報い、そして二度と悲惨な犠牲者を出させない道であるとその正当性を主張します。しかし、それにより新たな難民が生まれ、罪のない多くの市民も死ぬ事になるでしょう。その結果、民衆の怒りは広がり、新たなテロが起るのではないかと案じられます。遂にはアメリカ(及び同盟国)とイスラム国家との終わりのない戦いに発展する危険すらあります。正しいと思ってした行為の中にも自分たちの支配や権威を正当化させようとする思い、即ち罪が入っている事があります。いずれにせよテロ行為の大義名分としている様々な問題をそのままにして、武力による解決は難しいと思われます。
  困難ではあってもテロ犯罪者だけが捉えられ、合法的な裁判にかけられる道を選ばなければならなかったのではないでしょうか。そしてテロを生む土壌が解決されなければなりません。豊かな国に住む人たちは、自分たちの利益の追求だけでなくその富や技術を他の国の人たちに分かち合う必要があります。一部の先進国だけが豊かな生活をして、他の国は貧しいままでいいはずはありません。私たち人類は、人種や民族、住んでいる国家が違っても同じ兄弟姉妹だからです(創二章二節)。

 エルサレム使徒会議では行為義認ではなく、パウロたちの主張する信仰義認が公式に認められました。これによってキリスト教はユダヤ教から分かれました。救いは神の恵みによるのです。主イエスは私たちに代わって律法を全うされて死なれ、甦られ、天に昇り、約束の聖霊を父なる神から受け、私たちに注がれました。この聖霊こそダビデの壊れた幕屋を立て直すものです。私たちの内に住まわれる事によってエルサレム神殿ではない新しい神殿、即ち教会が形成されたからです。
  教会は罪人であったにも関らず主イエスの十字架による一方的な愛によって救われた者の群です。その私たちには、不正に対してテロや武力で報復する権利はないと思います。そして、罪人であった私たちに示された神の愛を人と社会に実践する以外、主イエスから何の重荷も負わせられていないと信じます。

2001年9月16日日曜日

コリント一15章12-28節「初穂なるキリスト」

第18号

 〈逝去者記念礼拝〉

詩編90編1節-17節    

 8月28日(火)、一人の姉妹が天に召されました。また、昨年の10月と12月にも葬儀がありました。
 詩編九十編には全ての人は死ぬと書かれています。古今東西、永遠に生き続ける人はいません。しかし、私たちは普段、死についてはあまり考えません。特に若い時は、自分の人生は永遠に続くように思っています。大病するとか、事故にでも会わない限り、死は自分とは関係がないのです。しかし、年を取るに従って人は死を考えざるを得なくなります。


 若い時、私たちには力があり、将来への希望がありました。この間、NHKテレビで青春歌謡特集をしていました。番組は明日、将来、希望、力、頑張ろうといった言葉で溢れていました。
 若い時、一人暮らしをした事があります。大変でしたが楽しい経験でもありました。そして、その後の三年半のアメリカ生活は本当に素晴らしいものでした。しかし、四十代の後半になって仕事の都合で宇都宮に単身赴任した時は、大変で辛いだけでした。日曜日、NHKの大河ドラマが終ると、さあ、これから戻らなくてはと胃が痛くなったものです。ある冬の夜、仕事からアパートに帰って暗い部屋に灯りをつけようとして急に父親を思い出しました。父も同じような苦労をしていたのかと身近に感じたのです。亡くなった父も仙台に単身赴任したことがあったからです。
 父に続き、二歳違いの弟が亡くなり、母や妹たちは秋田に行き、そして一人息子もまた巣立って、今、牧師館に夫婦二人だけの生活です。先ほどの詩編に、瞬く間に時は過ぎ、人生は飛び去り、ため息のように消えうせるとあります。五十代の半ばを過ぎて、私もまたこの言葉の持つ意味が少しずつ理解出来るようになって来ました。
 人生がこの世だけのものであるなら、私たちの人生にはどのような意味があるのでしょうか。パウロは「もし、使者が復活しないとしたら、『食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか』ということになります」と言います(三十二節)。しかし、旧約の人たちは救い主を待ち望む信仰によって救われていたのです。「主よ、帰って来て下さい。いつまで捨てておかれるのですか。あなたの僕(しもべ)らを力づけてください」とあります。彼らはシメオンやアンナと同じように、主イエスを御国で直ちに認め、その足もとに駆け寄ってひざまずき、救い主を讃美するのです(ルカ、二章参照)。
 旧約聖書が救い主を待ち望む信仰を人々に与えるなら、新約聖書はこの救い主が私たちに与えられた事を教えます。コリント一、十五章十二節~二十八節には何と十六回もキリスト(油注がれた者、救い主の意、ヘブル語はメシア)という言葉が繰返されています。キリストは復活されたのです。そしてこのキリストの復活こそ、キリスト教の最も大切な事実であって、このことなくしてキリスト教は生まれませんでした。

 弟は四十七歳で亡くなる三年前に直腸ガンと診断され、肺から脳、そして骨に転移しました。そのような中で、「兄さん、この苦しみも永遠の命に比べれば無に等しい」と言ったのが思い出されます。まだ小学生の二人の娘を残して死ななければならなかったのはどれほど無念な事だったでしょう。弟は八月に天に召されました。私はそれまでの祈りと御言葉に従い、道が開かれるままに十月に仕事を辞め、翌年の四月神学校に入りました。
 キリスト者はこの世だけの事を大切にし、神と人を愛するだけのいわゆる良い人ではありません。弟がそのような人であるなら、残される子供の事を考え、神は何故、今、私の命を取られるのか、私が何をしたのか、と神を恨んだ事でしょう。しかし、弟は後に残していく娘たちと再び会えるのを信じていたのです。そして苦しみのなかにあっても聖霊が必要な助けを与えて下さっていたのがよく分かります。その顔は安らかで、確かに神はおられるのを確信させられました。私も高校生の息子の将来の事だけを考えるなら、せめて大学を出るまでと職場の机にしがみついていたでしょう。その息子も無事に大学を卒業することができました。弟の連れ合いはその後、牧師と再婚し、娘たちは今、大学生と高校生です。私たちが神を第一にして生きるなら神は私たちに良い生涯を備えて下さいます。それは決して安易で快適な生活を約束するものではありません。しかし、神の国があるのを知るようになるのです。主イエスが支配される国です。
 この主イエスが最後の敵として滅ぼされるのが死です。私たちは愛する者と再び会う事が出来ます。そして、その確かな初穂として、主イエスは甦られたのです。

2001年7月15日日曜日

使徒11章1~18節「あなたと家族を救う言葉」

第16号

  創世記16章9節~14節    

 カイサリアではペトロの働きによってローマ人の百人隊長コルネリウスと彼の親類、そして親しい友人たちが神の言葉を受け入れました(十章)。しかし、そのことを耳にしたエルサレム教会の信徒たちは、ペトロがカイサリアから戻って来ると、非難し始めました。彼らが問題にしていたのは、「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」ということでした。

 神はユダヤ人の祖先であるアブラハムとその子孫に土地を与える約束をしましたが、身体を傷つける割礼はその契約のしるしでした(創世記十七章九節~十四節)。その割礼によりユダヤ人たちは神の契約は自分たちだけに与えられていると信じたのです。また、食事規定は神がモーセをとおしてイスラエルの民に与えられたもので、生き物を清い物と汚れた物に分け、清い物だけを食べなければならないとするものです(レビ記十一章)。清い物を食べている自分たちユダヤ人だけが聖別され、聖なる神に受け入れられると考えたのです。
 ユダヤ人の割礼と食物規定は、厳格に守れば守るほど、それらを守っていない他の人たちを自分たちとは違う異邦人とみなし、彼らとの交わりや結婚を困難にしてしまいます。事実、それがユダヤ人の歴史でした。そしてこの事が、ユダヤ人が小さな民族ではあってもアブラハムの時代から今日まで存続した理由でした。
 割礼を受けていない者と一緒に食事をしたペトロを認めるなら、自分たちもまた異邦人を受け入れなければならなくなります。そうなるとユダヤ人と異邦人の区別はなくなり、神に選ばれた民としての、自らの存在の根拠を失ってしまうのです。

 このような非難に対してペトロはどのように弁明したのでしょうか。彼は事の次第を順序正しく説明したのです。
 まず、ヤッファの革なめし職人シモンの家にいた時、昼、祈るため屋上に上がりました。するとそこで幻を見ました。天が開き、大きな布のような入れ物が四隅でつるされて、地上に下りて来たのです。その中には、あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥が入っていました。そして、「ペトロよ、身を起こし、屠って食べなさい」と言う声がしたのです。その事が三度あり、その入れ物は天に引きあげられました。その幻の意味について考えている時、カイサリアのコルネリウスのところから三人の使いが到着しました。これらの事が神から出たことを確信し、彼らを家に入れ、翌日、カイサリアに六人の信徒たちと出発したのです。カイサリアに着くとコルネリウスから天使が彼に告げた御告げを知らされました。それは、「ヤッファに人を送って、ペトロと呼ばれるシモンを招きなさい。あなたと家族の者すべてを救う言葉をあなたに話してくれる」と言うものでした。それを聞いて、集まっている人たちに主イエスについて話し始めると、直ちに彼らの上に聖霊が降ったのです。
 割礼を受けていない者たちに聖霊が降ったこの出来事は、ペトロに生前、主イエスが言われた「ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは聖霊によって洗礼を受ける」を思い出させました。
 ペトロを非難していたエルサレム教会の信徒たちは彼の説明に納得し、「それでは、神は異邦人をも悔い改めさせ、命を与えて下さったのだ」と言って神を讃美したのです。

 コルネリウスが遣わした三人の到着が一時間早かったらどうでしょう。ペトロの泊まっていた家の主人シモンは、異邦人である彼らの訪問を丁重に、しかしはっきりと断ったことでしょう。到着が一時間遅れてもやはり同じ事になったでしょう。ペトロに「ためらわないで一緒に行きなさい」と言われた主イエスが、このすべての出来事を支配しておられたのです。そして、その神は聖霊を与えられるのにユダヤ人と異邦人の区別をされなかったのです。エルサレムの教会の人たちは、ペトロと六人の同行者の証によって異邦人が主イエスを受け入れ救われたのを知ったのです。

 私たちは正しい人、清い人、立派な人でないと救われないと考えます。しかし、神は人を分け隔てせず、どのような人も受け入れられるのです。私たちに必要なのは罪を告白し、主イエスに従う決心をすることです。そうするなら聖霊が与えられます。これが救いで、主イエスの福音です。それが「あなたと家族を救う言葉」なのです。
 聖霊を与えられ救われた者は、割礼は心の割礼、すなわち聖霊を受けることであることを知ります。聖霊を受けて初めてどのような人であっても神の家族の一員になり、そして、今度は主イエスと共に食卓にあずかることを赦されているのを知るのです。

2001年6月17日日曜日

ヨハネ3章1-15節「わたしはあなたと一緒に住む」

月報 第15号

ペンテコステ礼拝

 ヨハネによる福音書14章14~31節

 ペンテコステの出来事は主イエスが以前から弟子たちに約束されていたことでした。しかし、弟子たちは聖霊を受けて初めてそれが何であるかを知ったのです。それは今日の私たちにとっても同じです。多くの人は聖霊の存在を知りませんし、それがどれほど素晴らしいのか分かりません。そのため受けようとも、受けたいとも思わないのです。

 一般的に人は身体と魂から成っていると考えられていますが、聖書ではそれに加えて霊があるとされています(参考・第一テサロニケ五章二十三節。また聖書ではそれらを分けることが出来るとするより「からだ」として一つであると考えます)。
 若い時は、あの人は美しい、ハンサムだ、背が高い、声がいいと身体的なことにこだわりますが年を取るにつれ大切なのは内面であることに気づかされます。そして心の大きさや美しさ、温かさに引かれるようになります。私たちの心は、何気ない言葉や態度によって愛や喜びに満たされたり、傷ついたり痛んだりするからです。
 聖書は私たちの魂の根底に霊の宿るべき場があると教えます。しかし、生まれつきの人には霊がそこに宿っていない、いや正確に言うなら、かつてはありましたが、失われてしまっているのです。そのため人の心には空白感があります。その心は拠り所を失い、自分自身が何であるか、またどこから来てどこに行くのか、何のためにここにいて、何をしたらよいのか分かりません。そしてその空白感を埋めようと、人は永遠や真実の愛、そして神との交わりを求めるのです。ニコデモはユダヤ人の宗教的指導者でしたが霊については無知でした。このニコデモに主イエスは、人は本当の意味で生きるようになるために霊を受け、新しく生まれなければならないと言われました。
 主イエスは、この霊は「弁護者」であり、また「真理の霊」であると言われます。主イエスは私たちに代わってこの世で潔い生涯を送り、私たちの罪を十字架で贖って下さいました。そして私たちが死んで神の裁きの前に立つとき、御自身を信じる私たちの無罪を弁護して下さるのです。従って主イエスがこの弁護者に他なりません。又、主イエスは「わたしは道であり、真理であり、命である」と言われました。主イエスが真理なのです。主イエスは死んで天に昇られ、神の右に座られ、そして父より約束の霊を受けて弟子たちに注がれました。このようにして主イエスは「命を与える霊」(第一コリント書、十五章四十五節)となり、「私はあなたと一緒に住む」ことがおできになるのです。この主イエスが私たちの内に住まわれるとき、私たちの心に真理を証し、また生前、主イエスが語られた真理の弁護者となられるのです。その時、私たちは新しく生まれ変わり、堅固な岩に錨を下ろすことが出来るのです。そしてこの主イエスは私たちの平和、平安、喜びの源となるのです。
 以前、ジョニー・エリックソン・タダという人の書いた本を読んだことがあります。彼女は十七歳の夏、ダイビング事故で首の骨を折り、首から下が麻痺してしまいました。息をし、食べて寝るだけの生活から生きる意味を見出すのは困難です。このような体で人生を送ることの空しさ、そして与えられた過酷な運命に対する怒りと絶望から救われたのは主イエスによってでした。主イエスが心の中に生きていおられるのを知ってから、彼女はアメリカ国内だけでなく日本やヨーロッパ、アフリカと世界を回って、自分はどのように救われたのか、主イエスがどのようなお方であるかを証し始めました。

 最近、悲惨な出来事が相次いで起っております。特に大阪で八人の小学生が殺された事件は私たちの心をどうしようもないほどに陰うつにさせます。また、電車の中で目と目が会っただけで、足と足が触れただけで相手を殴り、時に殺してしまうのは一体どうしてなのでしょうか。それは自分で何をしているのか分からないからです。人は神である主イエスを受入れることによって初めて本当の自分を取り戻すことが出来るのです。
 多くの人はこのような霊の存在を教えられてもなお、自分は変えられたくないと思うのではないでしょうか。それは変わるのを恐れるからです。自分の人生は自分で思いのままにしたい、たとえ神であっても知らない主イエスに自分の生涯を委ねたくないと思うからです。あるいは、自分は変わりたくてもどうせ変われないと諦めているのです。
しかし、主イエスを信じ、受け入れる決心をした人の心は生きる意味を見出し、喜びで満たされるようになります。その人は主イエスと共に人生を歩むのです。神である主イエスは「わたしはあなたと一緒に住む」と約束されているからです。

2001年5月20日日曜日

ヨハネ20章19-29節「見ないで信じる者」

月報 第14号

イースター礼拝

詩篇 第16篇10~11節

  教会ではクリスマス、イースター(復活祭)、ペンテコステ(聖霊降臨日)などをお祝いしますが、これらはいずれもクリスチャンになる前の常識や理性では信じられない出来事です。母マリアは聖霊によって身ごもりましたし、十字架上で亡くなられた主イエスは甦られ、天に昇られました。弟子たちはどのようにしてこれらの出来事を事実として受入れることが出来たのでしょうか。復活の出来事を通して、本日の聖書から見て行きたいと思います。

 主イエスの死と同時に弟子たちの夢も砕かれてしまいました。弟子たちは、当時のメシア観に基づいて主イエスがこの地上に神の国を建設されると信じていました。自分たちもまた、イエスを助け神の国を共に支配することを夢見ていたのです。しかし弟子たちにとって不思議だったのは、主イエスは神の子としての力を示すことなく、羊のように屠り場に引かれて行ったということでした。そしてローマ総督ピラトの裁きの前でも、毛を刈る者の前で黙している小羊のように口を開きませんでした。しかしながら、主イエスは決してこの世の権力者に対して無力であったようには見えなかったのです。
 主イエスが墓に葬られて三日目のことです。弟子たちはユダヤ人たちを恐れ、部屋に閉じこもり戸を閉めていました。そこに復活された主イエスが現れました。弟子たちの驚きはどれほどだったでしょうか。彼らは主イエスが捕らえられたとき逃げてしまいました。そして、自分たちの身が危うくなったとき「わたしはあの人を知らない」と主イエスとの関わりを強く否定したのです。しかし、甦られた主はこのような弟子たちを叱責することなく「あなたがたに平和があるように」と言われ、御自身の手とわき腹をお見せになりました。その傷は紛れもなく主イエスのものでした。
 十二弟子の一人であるディドモと呼ばれるトマスは、その場にいませんでした。彼は主イエスの復活を口にする仲間の言葉を信じませんでした。見なければ信じない、いや見ても信じない。手で触り、傷痕に自分の指を差し入れてみなければ信じないと言い張ったのです。八日後、再び主イエスは弟子たちのいる部屋に入って来られました。この時、トマスは主イエスを前に「わたしの主、わたしの神よ」と言うのみでした。

 弟子たちは鍵をかけて部屋に閉じこもっていたとき、心の戸も同じようにしっかりと閉めていました。主イエスの死と共に彼らは将来の希望を失い、生きる意味を見失っていました。そして自分たちが主イエスを裏切ってしまったことを悔い、なおユダヤ人を恐れていたのです。そのような弟子たちの心を主イエスは開かれ「あなたがたに平和があるように」、すなわち「恐れるな」と言われたのです。弟子たちにとって主イエスの傷痕を見るのは、自分たちの罪を見ることでもありました。弟子たちはどれほど主イエスを慕っていたことでしょう。にもかかわらず自分たちが生きるために主イエスを見捨てたのです。しかし、主イエスはそのような弟子たちを赦されたのです。弟子たちにとっては主イエスだけが、彼らに人生の本当の意味と喜びを与えることの出来るお方でした。

 罪とは神を信じないで、自分中心に生きるということに他なりません。神の子である主イエスを殺し、自分が生きようとすることです。それは決してユダヤ人指導者だけではなく主イエスの弟子たちにもありました。そして私たちも同じなのです。それが十字架の出来事でした。しかし主イエスは私たちの罪をその傷で贖われました。私たちが受けなければならない罪の罰を神の子である主イエスが代わって受けられたのです。従って、十字架を見ることは自らの罪と、主イエスの赦しを同時に見ることです。そして私たちが主イエスと一緒にこの人生を歩むなら、主イエスの十字架の傷痕に触れ、そしてその傷に指を差し入れることになります。主イエスの苦しみを自分も共有するからです。
甦られた主イエスは御自身を弟子たちにはっきりと示され、疑う余地のないようにされました。しかし、主イエスが天に昇られ父の右の座に座られた今、私たちの霊の目でしか主イエスを、そしてその傷痕を見ることが出来ません。ですから主イエスは「聖霊を受けなさい」と言われるのです。聖霊なくして今も生きておられる主イエスに「わが主よ、わが神よ」と言うことは出来ません。主イエスがトマスに「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われたことが聖霊を与えられることによって現実になるのです。そして、主イエスの復活を信じて始めて、私たちは自らの復活の希望を持つことが出来るのです。

2001年4月15日日曜日

使徒4章32-5章11節「神を欺いたのだ」

月報 第13号

 本日の聖書の箇所、使徒行伝五章十一節で初めて「教会」と言う言葉が使われています。ギリシャ語ではエクレシア、つまり、共同体、交わりを意味します。四章三十二節には「信じた者の群」とありますがこの信者の群が教会です。この教会の内部で起った恐ろしい出来事が今日の聖書の箇所です。一体どうしてこのようなことが起ったのでしょうか。

 四章三十二節から三十五節までには原始教会の理想的な姿が描かれています。信徒は物を共有し、必要なものを分け合い、彼らの中に乏しい者はいませんでした。土地や家屋を持っている者はそれらの財産を処分して使徒の足元に置き、使い道は使徒たちの判断に一任されていました。使徒たちもまたよくその務めを果たしていたのです。財産を共有するこのような教会の姿はこの時代に特有なものであってそれ以降には見られません。
 使徒の時代、教会が財産を共有した理由として幾つかのことが考えられます。一つは、信徒たちに聖霊が強く働いて私有物への執着心を無くしてしまったというものです。別の説は、主イエスの再臨は真近であると信じていたからだと言います。使徒パウロも初期の書簡で自分が生きている内に主の再臨があるであろうと書いています。また別の説では、エルサレムが陥落するという主イエスの預言を信じていたからだと言います(マタイ二十四章十五~二十二節)。実際、周りの状況もそのように動いていました。ローマからの独立を求める熱心党の活動が盛んになり、民衆も彼らを支持し、ローマとの戦争は避けられなかったからです。ユダヤあるいはエルサレムにある土地や建物などの財産より、教会の仲間の方が頼りになる、身の安全を守るには財産を整理して身軽になった方が賢明である、と考えたのでしょう。
 このような信徒たちの中でヨセフと呼ばれるバルナバのことが特に記されています。バルナバは「慰めの子」の意とありますが、それは「勇気ある子」、「勇気づける者」の意でもあります。彼はキプロス生まれで畑を所有していました。彼はそれを売ってその代金を使徒たちの足もとに置きました。遠いキプロスにある財産を処分したことは、打算のない、純粋な主イエスへの感謝と貧しい兄弟姉妹たちへの愛の故だったでしょう。またその金額は決して少なくなかったでしょう。彼の行為は他の信徒から賞賛を浴びました。「バルナバさんは素晴らしいお方ですね」と。
 アナニアとサッピラはバルナバのしたことを知っていたでしょう。そして彼のように他の信徒の賞賛を得ようとしたのです。彼らはバルナバと同じ様に財産を売りましたが、それは神への感謝と兄弟への愛からしたように見せかけた偽善です。誰も見ていない、分からないと代金を偽った不正な行為でした。しかし彼が得意そうにそれを使徒たちのところに持っていった時、彼らはそれを見抜きました。アナニアとサッピラはその時、これは売った代金の一部ですと言えば何の問題もなかったはずです。財産を売って施すようにと教会が求めたことではなかったからです。
 アナニアとサッピラのしたことは全知全能の神を信じる教会でなされたが故に神を欺く行為です。そしてこれくらいのことなら、と考えたとしたなら聖霊を試みることでした。旧約聖書では神を試みることは死に値することです。主イエスもまた荒野で神を試みるようサタンの誘惑に会われました。神は私たちのする全てのことをご存知なのです。そして、アナニアとサッピラのしたことは神を欺き、試みただけではありません。教会が成長するには信徒間の純粋な愛と信頼が不可欠ですが、それが破壊されようとしたのです。
 私たちの目から見るならアナニアとサッピラの死は厳し過ぎる裁きのように見えます。しかし、この世に生まれたばかりの教会の状況を考えるならそのような裁きは必要だったのでしょう。

 聖霊が強く働き、心を一つにし、思いを一つにしていた教会にすらサタンが入り込んで来ました。完全な教会はこの世にはありません。巧妙な方法で、あるいはほとんど無自覚のうちに自分の誉れを求めようとするアナニアやサッピラは現在でも多くの教会で見られます。原始教会以降、このようなことが教会で行われても、アナニアとサッピラに臨んだような死の裁きはなかったでしょう。しかし、私たちがそのような行為を見逃すなら、教会は衰退へと向わざるを得ません。また神はそのようなことをした人を霊的な死に至らせます。礼拝に出席しても喜びがなく、祈れなくなり、聖書を読んでも分からなくなります。
神を欺かない、それは神だけが讃美されるように求めることです。そうすることによってのみ、私たちの心は天来の喜びで満たされます。そしてそこに教会の成長があるのです。

2001年3月18日日曜日

使徒2章43-3章10節「わたしにあるもの」

月報 第12号

 主イエスは生前、弟子の中から十二人(その内の一人は主イエスを裏切ったイスカリオテのユダ)を特別に使徒として選ばれました。使徒たちは最初から主イエスと共にいて、復活、昇天に到るまでの証人でした。そしてペンテコステの日に、主が約束された聖霊が使徒たちに下りましたが、驚いて集まって来た人たちにペテロは説教し、三千人が回心しました。教会では使徒たちが教え、信徒の交わりと聖餐(パン裂き)と祈りが中心でした。持ち物を共有し、心を一つにして神を讃美したのです。そして使徒たちによって多くの奇跡としるしが次々に行われました。これは使徒が主イエスから遣わされた者であることを証し、また、教会がこの世に生まれ根づく大切な時期に、使徒たちに特別に与えられた賜物でした。
 本日の聖書の箇所は、彼らが行った奇跡の一つです。それは使徒たちが喜びに満たされた教会内の交わりだけに留まるのではなく、外の社会に出て行って証しなければならない彼らの使命が示されているように思われます。そしてそれは、彼らの信仰の試練や迫害を受けることにつながりました。しかし教会は彼らのそのような働きによって発展、成長したのです。それが使徒行伝の伝えることです。同時に生前の主イエスが彼らを通して働いておられるのを私たちが見ることでもあります。私たちもまたこのような使徒たちに習い、自分の与えられた今の場で主イエスを証して行かなければなりません。

 ペテロとヨハネは午後三時の祈りの時、神殿に上りました。彼らが「美しの門」の所にさしかかると、生まれつき足のきかない男が道端に置かれていました。宮に祈るために来た人たちはその人を無視して通り過ぎることは出来なかったでしょう。旧約聖書にはそのような者を憐れまなければならないと書いてあるからです。その男はペテロとヨハネが来るのを見て施しを乞いました。するとペテロはその男をじっと見て「私たちを見なさい」と言ったのです。その男が二人に注目すると、ペテロは「金銀はわたしにはない。しかし、わたしにあるものをあなたにあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言いました。するとその男の足とくるぶしはたちどころに強くなって踊りあがって立ち上がり、歩き始めたのです。
 アメリカにデウット・L・ムーディーと言う有名な説教家がいました。彼がある大学を訪れた時のことです。一部の学生たちは悪ふざけを計画し、彼の説教の途中、一人の学生が包帯を足に巻き松葉杖をついて中央の通路に出て来て、「癒された」と叫んで松葉杖を放り投げ、歩くことにしていました。しかし説教の途中でその本人が回心してしまい、その企ては実行されませんでした。しかし、ムーディーほどの説教者であっても生まれつきの障害者を癒したという話はありません。
 しかし今日でもペテロとヨハネがしたと同じ、或いはそれ以上の奇跡を見ることが出来るのです。そのよい例はマザー・テレサではないでしょうか。彼女はインドの修道院に遣わされましたが、ある日、汽車の中で「もっと貧しい人のために働きなさい」と言う神の声を聞きます。そこで彼女はカルカッタに行き、スラム街を訪れ、そこで会った一人の女の人に最も貧しい子供のところに連れて行くよう頼みます。その人はテレサを一人の女の子のところに案内しました。その子は雨もりのする家の中で泣いていました。マザー・テレサは彼女を抱きしめ、「愛している、あなたを愛している」と語りかけました。そして次に連れて行かれた子供のところでも同じようにしました。毎日このような子供たちを訪れ、午前中は文字を教え、午後は一緒に遊ぶようになりました。彼女の弱い人たちへの働きは、この子供たちのための施設を始め、ハンセン氏病や死に行く者を看取る業などに広がり、施設はカルカッタ周辺だけで八ヶ所、世界百二十ヶ国、五百八十五ヶ所になりました。マザー・テレサに出会った多くの子供たちは彼女の志を継ぎ、後継者となって働くようになりました。最初に抱きしめられた子供はそのような施設の責任者になったとあります。この話は九十八年十月二十五日付けの朝日新聞に「一人で始めた『抱きしめ』」と題して記載されています。貧しいが故に、自分の力で立つことができなかった子供たちが、自分の足で歩けるようになったのです。修道女であるマザー・テレサの全財産は布の袋に入るだけだったそうです。

 私たちも主イエスから同じ愛を受けています。主イエスは私たちの罪のために十字架で死なれ、私たちの罰を御自身で負って下さいました。そしてそれを信じる信仰によって私たちを永遠の命に相応しくして下さったのです。私たちもこの主イエスから与えられた愛を分かち合おうではありませんか。

2001年2月18日日曜日

使徒1章1-11節「あなたは力を受ける」

月報 第11号

 使徒行伝は第五福音書、あるいは聖霊行伝とも呼ばれています。著者はルカで第三福音書と共にこの書をテオピロという人に献上しています。使徒行伝は復活した主イエスが天に挙げられるところから始まり、囚人となったパウロがローマに着き二年間伝道したところで終っています。私たちはこの使徒行伝から原始教会がどのようにして生まれ、成長したかを知ることが出来ます。そして、その成長の秘訣は私たちの教会に生かすことが出来るのではないでしょうか。

 今日の聖書の箇所に入る前に二つの事実を確認したいと思います。一つは主イエスが確かに十字架上で亡くなられたということです。何人かの弟子は大勢の群衆に交じってゴルゴダの丘で主イエスが十字架上で息を引き取られるのを見、また兵士が脇腹を槍で刺すのを見ました。その中にはガリラヤから従って来た婦人たちもいました。アリマタヤのヨセフは主イエスの遺体を十字架から降ろし、布を巻くなど必要な処置をして墓に葬りました。婦人たちもその場所を確認したのです。
 もう一つの事実は、主イエスは確かに甦られたということです。ペテロを始めとする多くの弟子たちや、主イエスに従った婦人たちが復活の主イエスに会いました。主イエスの復活を聞いてもどうしても信じられないトマスに主は、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。…信じない者にならないで信じる者になりなさい」と言われました。弟子たちは生前、主イエスから御自身の苦難や復活を聞いてはいましたが、復活を信じていたり、予期していたわけではありません。反対に多くの弟子たちはトマスのように信じていなかったのです。

 主イエスは四十日にわたって弟子たちに現れ、御自身の復活が確かで、疑う余地のない事実であることを示されると共に、二つのことを教えられました。一つは、モーセの律法と預言書と詩篇の全てにわたって書かれている御自身の苦難と復活について、そして、もう一つは神の国についてでした。主イエスの苦難と復活については生前教えられたことですが、これらのことが現実になったその時、再び聖書によって確認されたのです。神の国についても弟子たちに繰り返し教えられました。そして、「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待つがよい。…あなたがたは間もなく聖霊によってバプテスマを授けられるであろう」と言われました。
 主イエスのお言葉を聞いた弟子たちは「主よ、イスラエルのために国を復興されるのは、この時なのですか」と問いました。イスラエルの復興の夢が再び甦ったのです。今度こそ主イエスはイスラエルをローマのくびきから開放し、ダビデ王国のように、いやそれ以上にその支配を世界の隅々にまで及ぼすに違いない、そして聖霊を受けた自分たちもまた神の国の建設に参画したいと願ったのでしょう。
 それに対し、主イエスは言われました。「時期や場合は、父がご自分の権威によって定めておられるのであって、あなたがたの知る限りではない。ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、…地の果てにまで、わたしの証人となるであろう」。
 弟子たちの関心はイスラエルの復興でした。自分の国の現状を愁い、社会の改革を願う弟子たちの思いと、主イエスの証人となることは一見、一致しないようです。しかし、主イエスの証人となるということはイスラエルを復興させることになるのです。
 イスラエルとはヘブル語で「神、支配したもう」という意味です。これまではアブラハムを自分たちの祖先とし、モーセの律法に従うものがイスラエルでした。しかし、聖霊が与えられることにより、神の霊、キリストの霊を心に宿すものが真のイスラエルとなるのです。主イエス御自身が王としてその民を支配されるからです。そこにはもはや国や民族による区別はありません。モーセの律法はこの新しいイスラエルによって全うされるのです。そして、主イエスを王とする神の国はこの世だけでなく永遠に続くのです。
 弟子たちはイスラエルの国の復興を主イエスに求めましたが、主イエスは弟子たちの伝道によって新しいイスラエルを起されました。それが教会です。

 今日、私たちもまた教勢のふるわない現状の教会を見て、弟子たちと同じように問いかけます。「主よ、私たちの教会を復興されるのは、何時ですか」と。しかし、主イエスの答えは同じでしょう。「ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受け…私の証人になる」。
 教会の成長は聖霊の働きです。しかし、主イエスから聖書を学んだことは弟子たちにとって聖霊を受ける準備となりました。そして、主イエスの証人になるために欠かせませんでした。
 聖書の学びの大切なことは、私たちに言えるのではないでしょうか。

2001年1月21日日曜日

ルカ22章66-71節「あなたは神の子なのか」

月報 第10号

今日、多くの人は宗教、そしてキリスト教にはあまり関心がないようです。しかしキリスト教に関心を持っている人なら、主イエスに「あなたは本当に神の子なのでしょうか」と問いかけるのではないでしょうか。そしてクリスチャンと呼ばれる人々がどうして主イエスが神の子と信じられるのか不思議に思うのです。ところが今日の聖書の箇所ではユダヤ人指導者、すなわち人民の長老、祭司長たち、および律法学者たちは主イエスに「あなたは神の子なのか」と問い、それにより主イエスを罪に定め、捕らえ、十字架につけようとしたのです。

主イエスが人であり、また神であることは福音書に記されています。主イエスは神の子であることの明確なしるしとして自然を支配し、人々の病気を癒し、死んだ者すら生き返らせました。これから起ることを語られ、それは事実となりました。神の子としてのこのようなしるしは主イエスが人間であるなら信じられないことですが、神であれば不思議なことではありません。天地を創造された神には不可能なことはないからです。主イエスの生涯は清く少しの罪もありませんでした。そして主イエスは人々からの礼拝をお受けになり、御自身が神であることを認めました。このような救い主、メシアが現れることは旧約聖書で預言されています。
 イスラエルの指導者たちがこの主イエスを何故信じようとしなかったのかは明らかです。それは指導者として持っている自分たちの権威、権力、地位、名声などを主イエスのために失いたくなかったからです。祭儀や律法を守るというような形式的な神礼拝を固持し、心の思いが神中心に変わることを好まず、自己中心の生き方を改めたくなかったからです。主イエスのところに来ることによって自らの罪が明るみに出されるのを恐れました。これはユダヤ人指導者だけではありません。人間は誰でも神中心の清い生活をするより罪の生活に留まっていたいのです。多くの人たちにとって、主イエスは神であると信じられないのではなく、初めから信じたくない、いや信じないと決めているのです。ユダヤ人指導者たちの「あなたがキリストなら、そう言ってもらいたい」との問いかけに、主イエスは「わたしが言っても、あなたがたは信じないだろう。また、わたしがたずねても、答えないだろう」と言われました。
 「しかし、人の子は今からのち、全能の神の右に座する」と主イエスは続けられました。私たちは自分を指して「人の子」とは言いません。ところが主イエスは御自身を指してしばしばこのように言いました。キリスト、人の子、神の子、これらはいずれも主イエスを指します。
 人が自らを神の子であるという言い方はあったようです(ヨハネ十章三十六節)。それゆえ主イエスがご自分を一般的な意味で自分は神の子であるとしても、そのことによって死に値するとは言えなかったでしょう。
 問題は主イエスが御自身を人の子とし、人に対して神の権威を持っていることを示され、「人の子は今からのち、全能の神の右に座するであろう」と言われたことにありました。人は死んで神の前に立ち、生前したことの裁きを受けます。しかし、人の子は神の前に立つのではなく、神の右に座して人を裁くと言われるのです。今ここで主イエスはユダヤ人指導者に裁かれていますが、御国では御自身の前に来た彼らを裁くのです。とすると本当の権威を持った裁き主は誰であるかは明白です。ですからユダヤ人指導者はその意味をすぐさま理解して「では、あなたは神の子なのか」と尋ねたのです。ここでいう神の子はもはや一般的な意味ではなく、自分を神と等しいものとしていることになります。

  人民の長老、祭司長たち、律法学者は主イエスを十字架につけました。しかし、不思議なことに彼らは主イエスを有罪とする具体的な証拠を提示することが出来ませんでした。彼らは「では、あなたは神の子なのか」と問いかけ、主イエスが「あなたがたの言うとおりである」と答えて初めて「これ以上、何の証拠がいるか。我々は直接彼の口から聞いたのだから」と主イエスが死罪に値するとの判決を下したのです。
 主イエスはこのように言えば十字架につけられるのをご存知でした。主イエスは御自身の復活がなく、十字架の上で全てが終わるのならこのようには答えられなかったことでしょう。そして十字架につけられることが天の父の御旨であることを知っていてその御心に従われたのです。
 私たちはこのように主イエスが答えられたことによって確かにキリスト、すなわち、人の子、神の子であるのを知るのです。このことは私たちの復活もまた確かなことを知ることでもあるのです。