2007年3月18日日曜日

ガラテヤ書4章21~5章1節「約束の子」

第83号

 
 カルデヤのウルに住んでいたアブラハムの父テラは、家族を連れてハランに移住しました。テラの死後、アブラハムは神の声を聴きました。それは、彼に「子孫」と「土地」が与えられ、全ての民の「祝福」の源になるというものでした。アブラハムはその時七十五歳でした。七十五歳といえば既に人生は定まり、動じることもなければ大きな飛躍は望めない歳です。もう自分のために家を建てたりはしません。物を買うのにも躊躇する歳です。
 アブラハムは神の声を聞いて旅立ちました。妻のサラと甥のロト、そしてハランで得た全ての財産、羊やロバや男女の僕を連れての旅立ちでした。慣れ親しんだ父の家と土地を捨て、水、食物、安全の全てを神により頼まなければならない、信仰の試練としての荒野での放浪のテント生活でした。サラもアブラハムの信仰に従ったのです。

 アブラハムがカナンの地に着くと、神はそこが約束の「土地」であると示されました。このときアブラハムには成年男子だけで三百十八人を数える家の子がいました。族長アブラハムの一番大きな悩みは後継ぎがいないことでした。「わたしには子供がありません。…家の僕が跡を継ぐことになっています」(創一五:二、三)。「子を授けてください」、それがアブラハムの祈りで、サラの祈りでもありました。
 サラは七十五歳になると自分には子が授からないと思うようになりました。そこで夫アブラハムにハガルによって子を持つことを勧めました。ハガルはエジプトの女でサラの奴隷でした。奴隷の子は主人の子と見做されたからです。アブラハムは妻の勧めを受け入れ、ハガルは子を宿しました。するとハガルはサラを軽んじるようになったのです。上下関係が崩れ、家庭内に平和がなくなりました。
 ハガルにイシマエルが生まれるとサラの立場はますます微妙なものとなりました。サラはイシマエルは神が約束された子と信じていたので、大切に育てなければならないことをよく知っていました。にもかかわらず、夫の子を産んだハガルへの嫉妬があり、自己憐憫があったのです。自分とは血がつながっていないイシマエルの成長を素直に喜べませんでした。このような葛藤の中で、サラは一体自分の人生は何なのかと問い、自分の罪を知らされ、その心は死んでいきました。
 そのようにして十三年の歳月が経ったある日、神がサラに現われ、来年の今ごろあなたに子が生まれる、と告げられました。サラはもはやその言葉を信じることはできませんでした。「主よ、あなたは何という人生をわたしに用意されたのですか」と心の中で笑ったのです。主はそのようなサラに対し「神に不可能なことがあろうか」と言われました(創一八:一四)。
 神はサラに恵み深く、サラを見捨てられませんでした。その約束どおり一年後、九十歳のサラに子が授けられたからです。子の名はイサクで、「(彼は)笑う」という意味でした。サラはイサクを抱きながら「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう」と言いました(二一:六)。
 イサクの乳離れの日、サラはアブラハムにハガルとイシマエルを家から追い出すように求めました。アブラハムはイシマエルも自分の子で、しかも長子であるため非常に苦しみました。神はそのアブラハムに「すべてサラが言うことに聞き従いなさい。」と言われたのです(一二)。

 サラの人生にとって二人の子、イシマエルとイサクはどのような意味を持っていたのでしょうか。二人の子は共にサラの愛の対象であったはずです。しかし、サラはイシマエルを愛することはできませんでした。それに対しイサクは自分の胎を痛めた子で、血の繋がったこの子を愛することは大きな喜びだったのです。
 わたしたちにとってイシマエルとイサクはどのような意味を持っているのでしょうか。イシマエルは律法を、イサクは福音を表しているのです。
 神の試練を受けたアブラハムは、独り子イサクをモリアの地で焼き尽くす捧げものにしようとしました。天の父は主イエスの祈りにもかかわらず、独り子をわたしたちの罪を赦すために十字架につけられました。そして死から復活させてわたしたちに永遠の命の確かなことを教えられました。主イエスは天に昇り、そこから約束の聖霊をわたしたちに授けました。主イエスの霊を受けたわたしたちは、サラとイサクが血によって繋がっているように、わたしたちもまた神の子とされているのです。自分の良い行いではなく、「アッバ、父よ」と呼ぶことのできる霊で主イエスと結ばれることによって、はじめて律法の縄目から開放され、救われるのです(ロマ八:一五)。それによってアブラハムへの約束、「子孫」、「土地」、「祝福」を神から相続されるのです。それは永遠の命に他なりません。